映画の中の名言に、知る人ぞ知る「接近戦にはこれが一番だ。」というのがあります。
I like to keep this handy...for close encounters.映画『エイリアン2』(Aliens / 1986年)でマイケル・ビーン演じるヒックス伍長が、エイリアン戦の前にイサカ37・ショットガンを構えて言ったセリフです。
接近戦にはこれが一番だ。
→直訳:近くで出くわすモノのために、このハンディな(コンパクトで取り回しの良い)銃を持っているのが好きだ。
しかし、このセリフの深い意味、そして「エイリアン2」が強烈な反戦映画だったことに気づいた人は、日本には少なかったようです。
多くの方が「エイリアン2」の50%も楽しめていないことになります。
「接近戦にはこれが一番だ」の意味や背景にあるもの
このセリフは「かっこいいから」ということで、特にポンプアクションのショットガン好きな人が好んで無邪気に使っているセリフです。しかし、このセリフの背景にあるのは、実はベトナム戦争であり、とても重いセリフでもあります。
「接近戦」とはベトナム戦争
「接近戦にはこれが一番だ。」というからには、前にも実績があったことを示唆しているわけですが、フィクション上は、The United States Colonial Marine Corps (USCM) ・・・アメリカ植民地海兵隊のヒックスは伍長ですので、数々の実績があるのはうなずけます。ただ、イサカ37・ショットガンは、現実世界にも存在するものですので、映画の製作上も、現実世界のどこかの接近戦で実績がないと、このセリフは誕生しないことになります。
ではどこの接近戦の実績に基づいたセリフなのか?というと、ベトナム戦争だったのです。
Trench Gun(トレンチガン)
「Ithaca 37 vietnam war」というキーワードで検索すると、ベトナム戦争当時の画像や動画がたくさん出てきますが、イサカ37は「Trench Gun」(トレンチガン)とベトナム戦争では呼ばれていました。Trench(トレンチ)とは溝や塹壕、坑道、トンネルの意味で、そのトレンチ内で重宝する銃なので「トレンチガン」というネーミングになったわけです。ベトナム戦争では、アサルトライフルのM16A1が標準装備として支給されていたことが有名ですが、その銃だと長すぎて狭い溝や穴の中では「取り回し」が効きません。
ベトナム戦争といえば「クチ地下トンネル」などが有名ですが、ベトナム側は、痩せた人がやっと一人通れるくらいの狭い地下トンネルを各地に張り巡らせて、ゲリラ戦を繰り広げていました。
そんな狭い場所で、つまり接近戦で多用されたのが、このイサカ37を筆頭とする、コンパクトにカスタムされたショットガン(トレンチ・ガン)だったのです。
銃剣
上記の画像検索や以下のURLのサイトなどでは、イサカ37などのショットガンの銃口部分に、銃剣を装着しているバージョンも多く確認できます。銃剣を使うほど接近戦が多かった、ということです。Combat Shotguns of the Vietnam War
https://www.americanrifleman.org/content/combat-shotguns-of-the-vietnam-war/
「接近戦にはこれが一番だ。」というのは、とても重い重い言葉だったのです。
エイリアン2はベトナム戦争そのもの
映画の中のエイリアンもまさに「穴倉戦」で、狭い空間の中で奇襲によるゲリラ戦を繰り広げ、人間側を制圧していきます。「エイリアンがベトナム戦争?いや、ただの偶然だろう、飛躍しすぎ。大げさな。」と思われるかもしれませんが、この時期の「エイリアン2」のジェームズ・キャメロン監督の仕事をふり返ると、キャメロン監督の頭の中は「ベトナム戦争だらけ」だったことがわかります。例えば以下の通りです。
ジェームズ・キャメロン「ベトナム戦争三部作」
- 1984年「ターミネーター1」
ベトナム戦争時代の米軍トレンチコート、イサカ37ショットガンなどが登場。
ベトナム帰還兵のPTSDを反映したカイル・リースのセリフなど。 - 1985年「ランボー2」
1984年の「ターミネーター1」のすぐ後に、ジェームズ・キャメロンはベトナムを舞台にした「ランボー2」の脚本を書きます。 - 1986年「エイリアン2」
「ランボー2」の脚本執筆後、ジェームズ・キャメロンはエイリアン2を監督します。
海兵隊だけでなく、主人公リプリーにもベトナム帰還兵のトラウマが反映されています。
以上のように、この時期、ジェームズ・キャメロンは「ベトナム尽くし」だった事実が存在します。
ハリウッドも、ちょうどベトナム戦争を総括するような時期に入り、1986年「プラトーン」や1987年「ハンバーガー・ヒル」「フルメタル・ジャケット」など、ベトナム戦争映画が目白押しで、一種の「ベトナム・ブーム」となってました。
1980年代初頭の「ホラー映画ブーム」に乗って「ターミネーター1」をSFホラーとして作ったジェームズ・キャメロンは、今度は「ベトナム戦争ブーム」の追い風に乗って「SFベトナム戦争映画」を作った形です。
以下、さらに補足していきます。
1984年「ターミネーター1」
ジェームズ・キャメロンが監督した「ターミネーター1」では、ヒックス伍長と同じくマイケル・ビーンが演じたカイル・リースが、ベトナム戦争時代のグリーンの米軍トレンチコートを着ています。このトレンチコートは、「ランボー1」でトラウトマン大佐が着ていたものと同じで、エンディングでは降伏した「一人だけの軍隊」の投降兵ジョン・ランボーの尊厳を守るように、トラウトマン大佐が自分のトレンチコートを掛けてあげる場面もあります。
また、シルバーマン博士に話す内容や所属部隊の名乗り方などのセリフ他、カイル・リースの設定は、基本的にベトナム戦争の帰還兵を参考にしているものが多く、例えば、
I don't belong here.
ここは別世界だ(自分の居場所がない/自分はこの世界に属していない)。
と、ベトナム帰還兵が母国に帰ってから感じた「違和感」(戦地と平和な世界とのギャップ、PTSD)を、カイル・リースが吐露するような場面も盛り込まれています。
→詳細:ターミネーター2発祥の地T1【フォールズ・カフェ】
1985年「ランボー2」
1984年に公開された「ターミネーター1」のすぐ後に、ジェームズ・キャメロンは、もろにベトナム戦争がテーマの「ランボー2」の脚本を執筆します。In 1984, Cameron co-wrote the screenplay to Rambo: First Blood Part II with Sylvester Stallone.
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Cameron
この「ランボー2」には、ジェームズ・キャメロンらしい女性の活用(戦う女性)も盛り込まれています。
→関連記事:「ランボー2怒りの脱出」の一瞬の迷シーン
1986年「エイリアン2」
「エイリアン2」のThe United States Colonial Marine Corps (USCM) ・・・アメリカ植民地海兵隊の所作や編隊具合などは、まさにベトナム戦争そのものです。Vietnam War veteran Al Matthews (Apone) helped to train the actors...
ベトナム帰還兵(退役軍人)のアル・マシューズはエイリアン2の出演俳優たちのトレーニングをサポートした。
https://en.wikipedia.org/wiki/Aliens_(film)
また、主人公リプリーのキャラクター作りにも、ベトナム帰還兵のトラウマ心理が反映されています。
Like some Vietnam veterans, Ripley developed post-traumatic stress disorder after the events of Alien.それ以外にも、「銃火器オタク」のジェームズ・キャメロンらしく、登場する銃火器もベトナム戦争で使われたものをベースに作られていることが分かります。
ベトナム帰還兵のように、主人公リプリーも「エイリアン1」の後のPTSDを発症している。
https://en.wikipedia.org/wiki/Aliens_(film)
M41A Pulse Rifle
例えば、「エイリアン2」の主力銃火器であるM41A Pulse Rifle(M41Aパルスライフル)は、以下の通り、ベトナム戦争で使われた銃火器をモチーフに作られています。 まず、M41A パルスライフルの全体的なコンセプトは、ベトナム戦争時の米軍の主力銃であるM16A1(M203 グレネードランチャー付)がベースとなっています。- 照準が持ち手を兼ねている、
- 下部にグレネードランチャーが付いている、
- 兵士に支給される主力銃である、
また、M41A パルスライフルの具体的な作りは、これまたベトナム戦争で使われたM1A1 Thompson(トンプソン・サブマシンガン)を全体のフォルムの基本構造としています。そしてその前方下部に取り付けたレミントンM870ショットガンの本体を、Franchi SPAS-12(フランキ・スパス12)のパーツでを上下を挟み込むような形でグレネードランチャー部分を創り出しています。 映画で使われたものには、ランチャー部分のトリガーはレミントンM870のトリガーがしっかりあるのですが、トイガン(レプリカ)にはそのトリガーが無かったりします。
Eat this!
「接近戦にはこれが一番だ。」のイサカ37ショットガンに話を戻すと、装甲兵員輸送車(M577-APC)... のドアをバスケスらが閉める際、侵入してきたエイリアンに対し、ヒックス伍長の、Eat this! (イート・ディス!・・・これを食べろ→これをくらえ!)のセリフとともに、文字通り至近距離にてイサカ37が使われます。エイリアンの口に銃口を突っ込んでの" Eat this! "(これを食べろ/くらえ)もマニアには人気のセリフです。
ちなみに" Eat this! "に似た名言として、映画「マトリックス」の" Dodge this! "(よけてみな!)があります。こちらも至近距離です。Dodge とはドッジボールのドッジ(よける)のことです。
まとめ:ALIENS「今度は戦争だ!」は言い得て妙
劇中のワンシーンを切り取ったそのままですが、主人公リプリーとニュートが見上げている、こちら側にある巨大な何かを見る者に感じさせる構図で、想像力を掻き立てる秀逸なポスターとなっています。前述のM41A パルスライフルもしっかりと映り込んでいます。
「2」ではなく「S」
この映画「エイリアン2」の原題は「 ALIENS 」であり、「Alien 2」ではありません。エイリアンを複数形にして「S」を付けてヒネってあります。つまり、エイリアンがウジャウジャたくさん出てくることをタイトルで示し、まさに戦争状態になることの予告です。そしてこの「エイリアン2」のキャッチコピーは、
This time it's war.
今度は戦争だ。
で、日本語のキャッチコピーも、本国アメリカのオリジナルのキャッチコピーをそのまま直訳した「今度は戦争だ!」となっています。
実は反戦映画
「エイリアン」1作目からただ派手になったことを強調するために「今度は戦争だ。」と宣伝したものと理解している人が多いかもしれませんが、「戦争みたいな映画」ではなく、実は本当にベトナム戦争を題材とした「今度は戦争そのもの映画だ」であり、「ベトナム戦争をうまくSFに昇華(転用)した」「SF映画エイリアンをベトナム戦争化した」名作・・・物量では圧倒的に勝っていた米軍が、コテンパンな目に遭ってしまった・・・という皮肉が込められた・・・実は強烈な反戦争映画だったのが「エイリアン2」なのでした。Aliens is as seen as an allegory for the Vietnam War; the marines (like the United States) have superior weaponry and technology, which is ineffective against an unseen, local enemy.
「エイリアン2」は武器やテクノロジーで優っているアメリカ軍が、見えない極地の敵に対して無力だったベトナム戦争を具現化したものと見られている。
https://en.wikipedia.org/wiki/Aliens_(film)
以上「エイリアン2」などを経て、このジェームズ・キャメロンの反戦映画魂は、さらに戦争の範囲を拡大し、今度は核の恐怖を描く「ターミネーター2」(1991年)へつながっていくことになります。
そのT2の核の恐怖を描いたシーンのロケ地はこちら↓。
細かい演出の積み重ねとパランス
戦争、銃となると、殺伐な映画になりがちですが、「エイリアン2」の中で、個人的に印象に残っているのは、小さくてテーブルの上が見えない少女ニュートを、ひょいっとテーブルの上に引き上げてあげる、画面端でのヒックス伍長のちょっとしたふるまい、です。「ターミネーター1」でも、地下壕の中で、兵士に憧れ銃で撃つマネをする少年に一瞬、相手をしてあげるカイル・リースと被るものがあります。
強調されがちなリプリーやサラ・コナーの「母性」(フェミニズム)に対して、こうした「父性」のスパイスを効かせてバランスを取っているのが、ジェームズ・キャメロン監督作品の特徴ともいえます。
そして、この辺りの細かい演出の積み重ねによるヒューマニズムとハードなテーマとの対比とバランスが、「ターミネーター」や「エイリアン2」の一番の成功の源であり、名作たらしめる由縁なのでしょう。