登場するガジェット(小道具)が楽しい映画『トータル・リコール』(Total Recall、1990年)。
近未来の火星を舞台にしたSFアクションですが、if(イフ/もしも/記憶/未来)の世界を行ったり来たりするので『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的要素や、『007』や『ミッションインポシブル』『ジェイソン・ボーン』などスパイアクション映画にも通ずるものがあります。
例えば以下のようなガジェットが登場します。
- ホログラムのインストラクターによるテニスレッスン
- 壁(窓)の景色が一瞬で変わる装置
- 鼻の中に埋め込む発信機とそれを取り出すための器具
- Wrist Hologram Projector(腕時計型ホログラム投影機)
- 自動運転タクシー(最期は狂気に走る)
そんなガジェットの中で特に奇怪で印象的だったのが、女性に変装できるガジェット。
火星に入国するために、シュワちゃん(アーノルド・シュワルツェネッガー)演じるクエイドが火星の税関を通過するために、大柄な女性に化けます。
その「女性」(女装)ガジェットは、最終的には不具合を起こし、「Two Weeks!」(2週間)という言葉を連発して、シュワちゃんはその女装で税関を突破することは断念。頭部が輪切り状に開いたあと、中からシュワちゃんが登場します。
しかし、その「女性」(女装)ガジェットは自爆装置も装備していた・・・というオチまで付いていました。
ところでこのシュワちゃんが中に入っていた大柄な女性(上図)は実在するのでしょうか?
役名は「FAT LADY」(太ったご婦人)
『トータル・リコール』のエンドクレジットを覗いてみると、中盤に Fat Lady Priscilla Allen という項目が確認できます。人名での役名ではなく、露骨に Fat Lady(太ったご婦人)というネーミングが、今ではありえない、いかにも1980年代・1990年代といったところです。
このPriscilla Allen(プリシラ・アレン)という方は、舞台を中心に活動していたアメリカの女優さんで、1938年生まれで『トータル・リコール』出演時は52歳。2008年、御年70歳で亡くなられたようです。
Priscilla Lawson Allen
https://www.findagrave.com/memorial/37429476/priscilla-allen
ネット上にある彼女の写真を確認すると、もともと大柄な体型だったようで、その特徴を存分にいかしたキャラクターだったことがわかります。
あの役を引き受けた、ということは彼女自身も相当なユーモアがあったことでしょう。
ちなみに、『トータル・リコール』でのこの火星の税関のシーンで、Fat Lady(太ったご婦人)が提出したパスポートには、「Priscilla Allen」とプリシラ・アレンご本人の署名が記載されています。
こういうキャラクターを日本では誰が担うかといえば、やはりマツコ・デラックスさんが該当するのかもしれません。
その他『トータル・リコール』の見所
火星に閉じ込められた水(氷)
火星を扱った映画はたくさんありますが、火星に存在している(地下に閉じ込められている)とされる水(氷)を扱った映画というのはあまりありません。『トータル・リコール』では、火星の地下氷河と、50万年前にエイリアンが作ったとされるリアクターが登場し、火星の水を描いた珍しい映画です。
『ターミネーター』シリーズとの相関性
シュワちゃん(アーノルド・シュワルツェネッガー)といえば、『ターミネーター』シリーズですが、『トータル・リコール』には『ターミネーター』シリーズにも出演している俳優が何人かいます。- 火星のパブ「最後の楽園」にいた、顔の半分がミュータントであるトニーを演じたディーン・ノリスは、映画『ターミネーター2』にも出演。サイバーダイン社に突入したSWAT隊員を演じ、マイルズ・ダイソンが起爆しようとしているのを最初に発見し、「退避しろ!」と呼びかける役を演じていました。
- さらにディーン・ノリスは『ターミネーター・サラ・コナー・クロニクルズ』にも出演しており、液体金属ターミネーターT-1001に、バーの裏手でターミネートされる、原発所長のネルソンを演じていました。ディーン・ノリスはターミネーターのTV版と映画版にも出演した唯一の俳優です。
→詳細:キャサリン・ウィーバーが初体験させたバーの裏手 - 敵役リクターを演じたマイケル・アイアンサイドは、映画『ターミネーター4・サルベーション』にも出演しており、潜水艦の中でジョン・コナー(クリスチャン・ベイル)にデザート・イーグルをつきつける、人類抵抗軍のアシュダウン将軍を演じていました。
シャロン・ストーンのポロリ
火星のパブ「最後の楽園」にて、ミュータントの娼婦の「3つ」あるポロリが有名な『トータル・リコール』ですが、何気にシャロン・ストーンのベッドシーンでのボロリ(チラリ)も巷で話題になりました。『トータル・リコール』ではまだぷりぷりパンパンなシャロン・ストーンですが、この映画での小悪魔・悪女っぷりが評価され、『氷の微笑』(Basic Instinct、1992年)での大ブレイクします。
シャロン・ストーンのNIKEシューズ
ちなみにシャロン・ストーンが『トータル・リコール』でシュワちゃんの股間を蹴っ飛ばしたシューズは、白地にピンクが配色されたNike Air Elite 1988(ナイキ エリート 1988)でした。海外ではNike Air Elite 1988 と断定されているのですが、日本ではNIKE AIR FLIGHT 89 "TEAM RED"(ナイキ エア フライト 89 "チームレッド")に似てる、との声も上がっています。 確かに似てますが、よく見ると靴裏の配色や、甲の部分のカバーなど、細部のデザインに若干、違いが見られます。
今のハリウッド映画では見られない映画
この1990年の『トータル・リコール』は、2010年代以降、すっかり中国市場第一主義の媚び中となってしまった今のハリウッド映画では見ることができなくなった前衛的・自由主義・民主主義的な要素が随所に散りばめられています。例えば以下のような点です。- 反乱組織の描写
火星での反乱分子など、権力に対して人民を放棄させるような反乱組織や抵抗軍などを描くと中国では公開してもらえません。天安門事件や香港のデモのようなことが起きるのを恐れているためです。そのため、近年のハリウッド映画では、中国の検閲に則して、権力に立ち向かう組織は描かないか、軽い描写に変更するような腰抜けな映画作りが蔓延してしまっています。最近のハリウッド映画が物足りなく、映画離れが進んでいっているのもそうした背景があります。例えば『ターミネーター』シリーズでも2010年以降の作品でそれは顕著です。
- 歴史の改変
歴史の改変(過去に起きた出来事の改変)的なものも中国ではご法度です。前述の民主的に運命を切り開いていくのを封じるのと同じ理由です。人民に「社会は自分たちで変えられる」という思想が根付いたら困るためです。例えば『バックトゥザフューチャー』も中国では公開禁止映画となっています。『トータル・リコール』も記憶の物語ではありますが、もう1つの世界線に変えるような描写なので、中国では敬遠される内容となっています。 - 暴力・性的描写
また、ハードな暴力描写も中国ではご法度です。例えば『トータル・リコール』での両腕のカットシーンなどが挙げられます。前述のポロリ・シーンも同様です。
このように、今の中国媚びのハリウッドでは絶対に作れないような、前衛的な映画作りがなされているのが『トータル・リコール』です。
1990年代はもちろんのこと、2010年頃まではハリウッドは中国市場などまったく気にしない、生き生きした映画作りをしていましたが、現在、死んだ魚の目をしたような、腐った映画が増えてしまった背景には、このハリウッドの中国至上主義、MADE FOR CHINA姿勢が根底にあります。
昔はふつうだった自由な映画を見ることができる。それが1990年の『トータル・リコール』であり、今見直しても新鮮かつ斬新な部分が多々あります。