映画『ターミネーター』(The Terminator/1984年)の脚本(1983年4月の第4稿)は左3穴綴じですが、シンプルな黒表紙で まるで「聖書」のようにも見えますが、文字通り、ターミネーターの「バイブル」です。
中身は「いかにも脚本らしい」タイプライター調の活字であふれ、空白には製作者が描きなぐったイメージ絵(落書き含)やアイデアらしくものがたくさん書き込まれています。
その脚本を遡っていくと、映画で見たものとはまた違った側面が見えてきます。
映画と脚本の違い(ターミネーター1 冒頭)
T-800は校庭に到着、目撃者は猫
例えば、シュワちゃんターミネーターT-800のタイムトラベル到着地点は、グリフィス天文台ではなく、脚本では学校の校庭になっており、また、その出現する光の球体を目撃するのは、ゴミ収集車のおじさん(→関連記事:ターミネーター出演者の故人を悼む)ではなく、脚本では猫になっています。タイムトラベル到着地点を、学校の校庭からグリフィス天文台にわざわざ変えたあたり、何やら「時空」「宇宙」にからめたようで、ターミネーターなのにレーザーサイトを使った理由と同じく、ジェームズ・キャメロンならではの「こだわり」を感じます。
→関連記事:ターミネーターのロサンゼルス摩天楼のロケ地3選
到着早々、T-800がグリフィス天文台の展望台からロサンゼルスの夜景を眺めるシーンは、宇宙船から降りて山の上から人間の街の夜景に見入っていた映画『E.T.』のE.T.にヒントを得たのかもしれません。
サイバーダイン社ではなくサイバーダイナミクス社だった
当初の脚本(1983年の第4稿)では、ターミネーター(とスカイネット)を開発した会社の名前は、サイバーダイン・システムズ社ではなくサイバー・ダイナミクス社となっていました。以下、クラブ・テクノワールから逃げる際、車内でサラ・コナーにターミネーターの説明をするカイル・リースのセリフの比較です。
当初の脚本
Not a man. A Terminator. Cyber Dynamics Model 101.映画版
人間じゃない。ターミネーターだ。サイーバダイナミクス・101型だ。
He's not a man — a machine. Terminator, Cyberdyne Systems Model 101.
あいつは人間じゃない。マシーンだ。ターミネーターだ。サイバーダイン・システムズ101型だ。
カイル・リースの他にもう一人兵士がいた
そして特筆すべきは、カイル・リースは一人でタイムトラベルしてきたのではなく、実はもう一人、一緒に来た人間の兵士がいた、という点です。しかしそのもう一人の兵士は、1983年4月の第4稿の脚本では、到着時、タイムトラベルの事故で「すでに死んでおり」、カイル・リースはその兵士の死亡だけを確認して、その後、ホームレスに近づき、ズボンを奪う例のシーンになります。
ちなみに「ターミネーター1」1983年4月の第4稿の脚本は以下のURLで閲覧できます。
https://imsdb.com/scripts/Terminator.html
https://imsdb.com/scripts/Terminator.html
Sumner(サムナー)
さらに遡ること1982年7月の脚本(https://www.hopeofthefuture.net/deletedscenes/t1omit01.html)では、そのもう一人の兵士(Sumner/サムナーという名前)は、タイムトラベル到着時にはまだ生きています。しかしタイムトラベルの事故で、道路の舗装に食い込むような形(消火栓などが体を貫通した状態)で到着してしまい、瀕死の状態の中で、SUMNER: Reese, you OK? I'm out of it. Don't waste time on me, just find her.とカイル・リースと会話を交わした後で、カイル・リースは彼(サムナー)の口をふさいで呼吸を止め、楽にしてやります。その後、ホームレスに近づいてズボンを奪う・・・という例のシーンに接続していきます。
(リース、お前は大丈夫か?俺はダメだ。時間を無駄にするな、早く彼女[サラ・コナー]を探すんだ。)
なんとも奇怪なSFホラー調です。
あのSumner(サムナー)と同一人物?
実は「ターミネーター・サラ・コナー・クロニクルズ」にSumner(サムナー)という名前の人類抵抗軍の兵士が登場します。カイル・リースの兄デレク・リースと一緒にタイムトラベルで到着した4人のうちの一人がSumner(サムナー)で、演じていたのは Andre Royo(アンドレ・ロヨ)です。→関連記事:デレク・リースのタイムトラベル到着地点
しかしこのSumner(サムナー)は、ターミネーターT-888(ヴィック・チェンバレン)の襲撃によって、壁に隠し金庫があったレジスタンスのアジトにて消されてしまいました。
このSumner(サムナー)が、「ターミネーター1」に本来登場するはずだったSumner(サムナー)と同一人物かどうかは不明ですが、「ターミネーター1」のSumner(サムナー)に由来している可能性は非常に高いです。
その理由としては、まずSumner(サムナー)という名前が変わった名前であること。ジョンやマイケルならまだしもSumner(サムナー)という特徴的な名前が偶然に一致する可能性は低いです。
そして「サラ・コナー・クロニクルズ」にも「ターミネーター1」に名前が出ていたペリー少将が登場しているからです。
→詳細:最終話からループで伏線回収【ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ】
「ターミネーター1」では、カイル・リースはシルバーマン博士との会話で、
Dr. Silberman: So. You're a soldier. Fighting for whom?と答えています。
(それで、君は兵士なんだね。誰の下で戦っているのかい?)
Kyle Reese: With the One Thirty Second under Perry, from '21 to '27--
(2021年から2027年までペリーの第132部隊だ。)
「サラ・コナー・クロニクルズ」に登場したペリーがターミネーター1由来なので、Sumner(サムナー)もターミネーター1由来であり、同一人物であることはほぼ間違いないでしょう。
よくあるタイムトラベルの事故
ちなみにターミネーター作品において、タイムトラベル時に事故・不具合が発生する確率はそれなりにあるようで、例えば「ターミネーター・サラ・コナー・クロニクルズ」シーズン2第11話では、2010年に行く予定が、1920年にタイムトラベルの不具合で到着してしまったターミネーター(マイロン・スターク)が登場します。→関連記事:ターミネーターが到着した1920年の酒場
このマイロン・スタークは、人間生活に溶け込み会社まで起業(商売)して何年も生活する・・・という、「ターミネーター・ニューフェイト」のT-800カールの元ネタ的な存在のターミネーターとなっています。
ターミネーターの多様性
脚本の変遷を遡っていくと、徐々にもう一人兵士(Sumner/サムナー)の存在が削られていったことがわかりますが、登場と同時に「死んでいる」兵士をわざわざ描写するあたり、この兵士(Sumner/サムナー)はとても重要なバックグラウンドを持ったキャラクターだったはずです。以上から、ターミネーターのストーリーラインやタイムライン(時間軸)というのは、世間一般で認知されているよりも、もっと多様性があることがうかがえます。
「卵が先か、鶏が先か」問題(矛盾)の解決
ターミネーターを語る際、ジョン・コナー(子)とカイル・リース(父)の存在について「卵が先か鶏が先か」問題(矛盾)がよく議論されますが、初期の脚本にそって時間軸の多様性を考えた場合、この「卵か鶏か」問題の矛盾は解決します。そもそも同じ親鳥(父親)である卵とは限らないからです。
ターミネーターの時間軸は、元々パラレルワールド仕様であり、例えば、
- タイムトラベル到着時に死んだもう一人の兵士が、ジョン・コナーの父親になっていた時間軸もあるのではないか?
- この兵士に限らず、カイル・リースではない誰か別の人間がジョン・コナーの父親になっていた時間軸もあっても不思議ではない、
- 数ある時間軸の中から、観客はたまたま「カイル・リースが父親になった時間軸」のみを切り取った部分を「ターミネーター1」として映画化したものを観ただけ、
- 数ある時間軸の中から、観客はたまたま「ジョン・コナーが救世主(リーダー)となった時間軸」のみを切り取ったのが「ターミネーター1」と「2」として映画化されただけであり、ジョン・コナー以外の者が救世主になった/または救世主そのものが存在しない時間軸があっても不思議ではない、
ということが初期の脚本を読んでいくと感じられます。
そもそもタイムトラベルは「別の場所」に到着地点がないとできないので、タイムトラベルという時点でパラレルワールドであることは確定しています。
J.キャメロンにとってカイル・リースはあまり重要ではない?
ジェームズ・キャメロンが関わったターミネーター作品、- ターミネーター1(T1)
- ターミネーター2(T2)
- ターミネーター・ニューフェイト(製作のみタッチ)
というのも、
- T1ではカイル・リースが涙する、重要なこのターミネーター2発祥の地T1【フォールズ・カフェ】のシーンはカットされ、
- T2でもカイル・リースが登場してサラを導く夢のシーンはカットされ、結局、カイル・リースの登場シーンは無し
- ニューフェイトに至っては、カイル・リースの「カ」の字も言及なしで完全無視
と、カイル・リースのパーソナリティがうかがえるシーンや存在そのものがことごとくカットされているからです。
ジェームズ・キャメロンにとって、ターミネーターは、あくまでサラ・コナーが重要であり、それ以外の要素はあまり重要ではないことがうかがえます。(なぜサラ・コナーが重要なのか?は、こちらターミネーター2発祥の地T1【フォールズ・カフェ】のシーンからもわかります。)
ニューフェイトが失敗したヒントここにあり
このT1の脚本の変遷には、「ターミネーター・ニューフェイト」が大失敗した原因のヒントが隠されています。「サシの勝負」がおもしろいのに・・・
上述の脚本の変遷に見られるように、T1は「カイル・リースの他にもう一人いた兵士」を消して、T-800一体とカイル・リースの1対1の「サシの勝負」に絞り込むことでおもしろさが増しました。未来から武器は何も持ち込めないという、「裸一貫のガチ勝負」という制限(ルール)・・・つまりシチュエーション・ムービーであることが面白さに拍車をかける要素となっています。一方、「ターミネーター・ニューフェイト」は、「実は未来から何体もターミネーターが送られていました!」というターミネーターのご法度破りの「後出しジャンケン」「隠し球」のようなしらける設定になってしまっていました。これでは大コケするのは当たり前でしょう。
中途半端な懐古路線
「ターミネーター・ニューフェイト」はリンダ・ハミルトン復帰、シュワちゃん老化ターミネーター、という懐古路線に走りましたが、懐古度も中途半端でした。懐古に走るなら、ここでカイル・リース(マイケル・ビーン本人)やジョン・コナー(CGではなく、エドワード・ファーロング本人)もきちんとした形で、かつうまく復帰させていれば、それこそ「正統な続編」として世間に認められ、成功していた可能性はありますが、いかんせん、懐古度がとても中途半端でした。
何よりもティム・ミラーが監督ということで、ジェームズ・キャメロンは監督も脚本も担当せず、「ジェームズ・キャメロンらしさ」が微塵も感じられない仕上がりは致命的でした。
ターミネーターの古い脚本を紐解くと、ターミネーター初期作品がなぜヒットし、シリーズ化していったのか?というターミネーターの原理原則が確認できておもしろいものがあります。